乳房山の頂上

「東京宝島」の一つである小笠原諸島・母島。都内から南に1,050kmの海上に位置するこの島には、エクアドルにあるガラパゴス諸島のように、海洋島ならではの独自の進化を遂げた動植物が多く生息しています。

そのことから“東洋のガラパゴス”と呼ばれるようになり、2011年6月には世界自然遺産に登録されました

東京宝島」とは?

東京都の南に位置する11の有人離島(大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島、青ヶ島、父島、母島)の総称。これらの島々には、豊かな自然景観や海洋資源、特産品、歴史・文化などの“宝物”が数多く存在しています。東京都ではこうした“宝物”や隠れた魅力を掘り起こし、一層磨きをかけ、広く発信していくことで、島のブランド化に向けて取り組んでいます。 

この記事では、そんな母島の自然にフォーカス。ガイドさんとともに、母島の“神秘の森”へトレッキングに行ってきました。たくさんの固有種に出会い、外来種との関係母島の歴史などを楽しく学んだので、その様子をレポートしていきます!

また、自然ガイドの方にもインタビューし、母島の自然に対する想いや様々な活動について伺いました。

東京から26時間かけて母島に行ってきたのは、島旅初経験のゆかりごはんです。

普段都内で生活しているとなかなか感じることのない生き物の息吹。狭くなっていた自分の視野が、この取材でパッと開けた気がします。この記事を読んでいただいているあなたにも、そんな気持ちを味わっていただけたら幸いです。

日本で1番遠い島!母島とは

母島の街並み

母島は30以上の島々からなる小笠原諸島の有人島都心からお隣の父島まで船で24時間、そこからさらに2時間の船旅を経てようやくたどり着ける秘境です。

都心のような騒がしさとは無縁の、落ち着いた常夏の島。もともとは無人島でしたが、約200年前から人が住み始め、太平洋戦争における1944年の強制疎開で再び無人島になりました。

戦争が終わってからは、島民が戻ってきたり、移住者が入ってきたりして人口は増加。戦後復興を果たし、雄大な自然や島民のあたたかさを求めて観光しに来る方も多くなりました。

独特な成り立ちや歴史を持つ母島には、ここでしか体験できない・感じられないモノがたくさん詰まっているんです

母島の神秘の森「乳房山」

母島の地図

今回トレッキングしたのは、母島の中心にある「乳房山」。標高463m、母島の最高峰です!

小笠原、ひいては母島の貴重な固有種が乳房山に生息しています。鳥獣保護区や森林生態系保護地域・特別保護地域・山腹付近から山頂にかけては、国立公園および世界自然遺産にも指定されているほどなんですよ。

登山道は片道約2.5km、往復だと5kmくらいです。山道に慣れている人なら3時間くらいで往復できるので、難易度の高い山ではありません。ガイドさんと一緒だと、説明を受けたり写真を撮りながらゆっくり登ってもらえるので、往復5~6時間はかかると思っておきましょう。

山に入る前にチェック!服装やルール

服装や持ち物について

・服装は基本半袖、長ズボン
・必ずトレッキングシューズを着用
・かなり汗をかくので、水分は一人1.5~2Lほど用意していくこと
・山の中で食べるお弁当など(宿で用意してもらえるよう手配するのがおすすめ)

母島の平均気温は25℃前後度。1年中暖かいので、トレッキングの際は厚着していかなくて大丈夫です。基本は涼しい格好で、上着を持っていく際は風を通すものがおすすめ。登山中かなり汗をかくので、熱中症に陥る危険性があります。

飲み物についてはガイドさんが予備を準備してくれていますが、一人で1.5~2Lは持って行くと安心です。

乳房山入口

登山口では、お酢スプレーとコロコロで靴裏の泥や服についた種子を除去してから入るのが鉄則。これは山の生態系を崩さないためのとても大事なルールなんです。乳房山だけでなく、小笠原の自然スポットの入り口には必ずと言っていいほど用意されています。

ニューギニアヤリガタリクウズムシ
出典:東京都小笠原支庁公式サイト

靴底の泥には、「ニューギニアヤリガタリクウズムシ」というプラナリアが入り込んでいる可能性があります。それが山に拡散すると、固有種のかたつむりなどが食べられてしまう危険性が!

母島では水際対策がしっかりされているので、プラナリアはまだ入ってきておらず生態系が守られているのが現状。靴裏にお酢をたっぷりかけ、浸透圧で死滅させていきます。

また、乳房山には希少な植物も多く、それが外来種によって枯れてしまったり絶滅してしまいます。種子を持ち込まないために、リュックや服にコロコロをかけて取っていきます。

島民だけでなく、観光客の行い一つひとつが貴重な自然を生かすんですね。

トレッキング体験!貴重な動植物と遭遇

自然ガイドの川畑 豪也さん

今回は自然ガイドの川畑 豪也さんにご案内いただきました。

母島で8年以上ガイドをしているという川畑さん。外来種と在来種の関係や乳房山の歴史など、川畑さんの豆知識を交えてトレッキングの様子をレポートしていきます!

乳房山の道のり

登山口から進んでいくと、すぐそこは鬱蒼とした森!人が歩きやすいようほどほどに整備されていますが、繁茂する草木からは圧倒的な生命力を感じます…!

乳房山の標高の低いところは空気が乾燥しがちですが、登れば登ほど湿度が上がっていきます。乳房山の山腹付近~山頂にかけては、雲霧林の中を散策できるのが注目ポイントです。乳房山から石門区域にかけて、300m以上の切り立った山が連なっています。海から湿った空気が上昇して水蒸気から霧に変化し、雲霧帯と呼ばれる湿った環境を作り出しているんです。

オガサワラビロウ

道沿いにモリモリ生えているのが、固有種のヤシ「オガサワラビロウ」です。もともと中国大陸の植物でしたが、種子が海を渡って母島に漂着。本来は茎の部分にもっと大きくて太いトゲがあったそうですが、小笠原にやってきてからはだんだん退化しています。

オガサワラビロウのトゲ

中国大陸には天敵の草食動物がいたのですが、海洋島である小笠原には当時いませんでした。そのため身を守る必要がなくなったんですね。トゲがたくさん生えているものやつるっとしたものなど、乳房山では絶賛進化中のオガサワラビロウが見られますよ!

シュロッパ葺き
▲乳房山の休憩所にはシュロッパ葺きの東屋が

昔はシュロッパ葺きとして屋根の材料としても使われていました。

一般的なカヤ葺は保温性が高く、中にカビが生えたりして3年くらいで変える必要がありますが、オガサワラビロウの場合は通気性が抜群なのでクーラーがいらないくらい涼しい!しかも1回変えたら10年は持つとのことで、エコに大貢献している植物なんですって!

タコノキ

異様な数の枝が下に向かって生えているのが固有種の「タコノキ」です。枝…だと思ったものは、なんと全部根っこだそう!

英名だと“Walking Tree”といいます。明るいほうに頭を曲げていって新しい根っこを生やし、暗いほうの根っこは枯れるという特性から、結果歩いているように見えるからなんです。

タコノキの根っこ

伸びかけの根っこにはキャップのようなものがついています。これは水分を蒸発させないためのものだそうで、植物も“考えている”んだな…!と感じます。

ちなみに島の伝統工芸「タコノハ細工」はタコノキから作られているんですよ。

アクセサリーやカバンのほか、繊維を分けて細い繊維で草履を作ったり、ピーナッツのような種子をみそ・油・砂糖で炒めて保存食の「てっか味噌」を作ったり、お酒に入れて香りづけしたりと、昔は島民の生活で大活躍だったんだとか。

琉球松

こちらも外来種の「琉球松(リュウキュウマツ)」す。明治時代に薪炭剤として沖縄から移植されてきました。

どの木よりも頭一つ高いので、漁師さんが各自の漁場を分ける際に、「あそことあそこの木を結んだここが自分の漁場だ」という言い方をしていたそうですよ。

琉球松の枝

地面に葉っぱがたくさん落ちていますが、これは全て枝でなかなか土に還りません。その場にどんどん溜まっていき、後から生えてくる固有種などの成長を妨げるので、場所によっては駆除対象になっています。

見た目はただの植物でも、それぞれに歴史や背景があります。ただ歩くだけでなくそういった視点を知ることができるのも、ガイドさんと一緒に行くおもしろさですね。

乳房山の豪

乳房山には太平洋戦争時の戦跡も残っています。こちらは「豪(ごう)」といって、砲台や見張り台がある場所に移動するためのもの。

敵の兵隊が入ってきても迷子になるよう、迷路のような構造をしているんだそうです。

入りたがる人も多いんですが、絶対に入らないでください…!母島は凝灰岩というボロボロした地質で、土砂崩れを起こす可能性があります

私も入りたいな…なんて思っちゃいましたが、トレッキングは安全第一なので、みなさん守りましょうね…!

モモタマナの種

こちらは広域分布種「モモタマナ」の種。とても軽く、水に浮いて海から母島に流れ着いたのだそう。タコノキやオガサワラビロウも同じような形で伝わってきました。

母島に流れ着いた種を山の中に持って行った動物が「オガサワラオオコウモリ」という固有種です。種に顎をくっつけて汁を飲み、残ったものを山に捨てていくため、この乳房山にも入って来たんですよ。

オガサワラオオコウモリ
▲オガサワラオオコウモリ(出典:環境省公式サイト)

コウモリが意外と重要な役割を果たしていたと聞いて驚き…!母島では、過去に農業被害により追い払われてしまったことから姿が見られなくなっていましたが、最近では少しずつ戻ってきているそうです。

オガサワラハシナガウグイス

乳房山には野鳥もたくさんいます。鳥の鳴き声が聞こえたら、一度立ち止まって耳を澄ませてみてください。静かにしていると近くに寄ってきてくれることもあるんです…!

可愛い鳴き声がする…と思ったら、固有亜種の「オガサワラハシナガウグイス」が登場。島内にたくさん生息している鳥です。

本土のウグイスは人の前に現れない警戒心強めの鳥ですが、母島のは人懐っこいのが特徴。山の中でご飯を食べていると寄ってくることもあるんですよ(笑)。

ムニンシュスラン

こちらは固有種の「ムニンシュスラン」。蘭は一般的に梅雨に咲く花ですが、こちらは小笠原での冬季に咲きます。ちなみにこの日(2022年11月)の気温は23度ほど。本土との気温差がすごいですね(笑)。

サトウキビを栽培していた頃に使われていた釜

道中で井戸のようなものを発見。こちらは昔、サトウキビを栽培していた頃に使われていた釜だそうです!

乳房山は昔、頂上付近までサトウキビ畑として開拓されていました。標高が463mもあって、収穫したものを下まで持っていき再度戻ってくるのが大変なので、上で収穫したものは中間地点の釜で黒糖になるまで炊き出してから、下まで持って行っていたんです。

ガジュマル①

進んでいくと、無数の木が張り巡らされた不思議な場所に到着!これらは「ガジュマル」で、タコノキと同じく下に降りているのは全部根っこなんです!

普通こんな大きく育つのは水辺の近くに生えているものだけですが、母島の場合は水がなくても大きく自生しています。これは乳房山の地盤が潤っている証拠なんです!

ガジュマル②

母島には「小笠原アースデイ」というイベントがあり、その時に子供たち乳房山を訪れ、ガジュマルを遊具として使用するんだそう。今回は撮影のため特別に登らせていただきました。細く見える根もすごく頑丈で、気分はターザンです(笑)!

アカガシラカラスバトの写真

ガジュマルは真っ赤な実をつけるんですが、それを食べに来るのが固有亜種の「アカガシラカラスバト」。子どもが巣立つ時期になるとよく現れるそうですが、この日は残念ながら出会えませんでした…!

鳥たちのための水場

小笠原の山では、ときどき水皿がセットされた木を見かけます。これは島民の方々が有志で行っている保護活動の一貫で、貴重な鳥たちが水を飲んだり、羽毛に付いたホコリ、寄生虫、脂粉を落としにやってきます。

水浴びをしないと鳥たちが病気になってしまうこともあるんだそうです。

近くで待機していると、付近を無邪気に飛び回る鳥の姿をみることができました!(撮影は失敗しました…!)

水をためる仕組み

ここまで水を担いでくるのは大変なので、木の幹に容器を添わせ、ロープ伝いに雨水などが溜まる仕組みを作っています。森林内にいくつか設置されており、水がなくなってきたら補給していくんだそうです。

アカギ

外来種ですが、川畑さんの解説でおもしろさを感じたのが「アカギ」。薪炭剤として琉球松と同じ時期に沖縄から入って来た植物で、母島では駆除対象になっています。薬剤注入や樹皮を剥いだり、チェーンソーで切り倒したりして枯らせるんです。

アカギの稚樹
▲足元に生えていたアカギの稚樹

枯らした後も、その下からどのような植物が生えているのか調査しており、アカギの稚樹が生えているとひっこ抜いたりしているんだそう。

ちなみに沖縄には首里城の前に戦火を逃れた大きなアカギが生えており、しめ縄をして天然記念物に指定されています。場所が違うだけで扱いが全然違うんですよね。

土地が変われば扱いも変わる…、そう聞いてハッとしました。私はトレッキング中に「外来種」と聞いたものを、これまで無意識に「悪いもの」と決めつけていたんですよね。一概に「外来種=悪」ではなく、もっと広い視野で物事を見なくては…と少し反省した瞬間でした。

アフリカマイマイ

こちらも外来種ですが、「アフリカマイマイ」は母島の歴史が感じられる生き物。小笠原は海洋島なのでヤギや羊、牛などがおらず、動物性たんぱく質を摂るために食用として小笠原に入れられました。

ちなみにファミレスなどで登場するエスカルゴはこれ。思わずサイ〇リアで食べたあの味をイメージしてしまいました(笑)。

現在は農業被害により駆除対象ではありますが、農家の畑の周辺で目撃したらつかみ取りする程度です。薬を撒くという方法もありますが、固有種に影響を及ぼしてしまうので控えています。

外来種対策も固有種のことをしっかり考えないと、簡単に生態系が破壊されてしまうんですね…。

戦時の食器の欠片

割れた食器の欠片を見つけました。見た目はきれいですが、実はこれ、1944年の強制疎開当時のもの。食器や釜などを米軍に使われたくないという島民が、割って乳房山に捨てたものなんだそうです。

何気ないですがこれも貴重な戦跡の一つ!

オガサワラオカモノアラガイの写真

足元にシダが繁茂するところまで来ました。この辺りは冒頭で案内があった雲霧帯といって、雲がかかりやすく湿度が高い場所。母島固有種「オガサワラオカモノアラガイ」という、天然記念物の透明なかたつむりが生息する環境です。ここからはちょっと探しながら歩いていきますね。

オガサワラオカモノアラガイの卵

さっそく葉っぱの間にオガサワラオカモノアラガイの卵を見つけました!これもかなり貴重なんだそうですよ。見た目は芳香剤のジェルみたいです。

グリーンアノール

私たちが目の前にいても全く逃げない「グリーンアノール」。度胸があります。父島や硫黄島に米軍がいた頃にペットとして入って来た外来種で、母島でも繁殖しました。

かなり食欲旺盛なので、グリーンアノールのせいで絶滅した昆虫もいます。例えば固有種の「ヒメカタゾウムシ」は羽が退化して飛べなくなった昆虫で、こういったものがどんどん食べられていってしまったんです。

また、緑から茶色などに色が変化するという珍しいトカゲなので、母島では昔、男性が好意のある女性にプレゼントしていたそう。嬉しいかどうかは不明ですが…(笑)。

マルハチ

こちらは「マルハチ」というシダの固有種。葉っぱが落ちていった跡が漢数字の逆八の字なのが名前の由来です。山頂に近づくほどたくさん見られました!

オトメカタマイマイ

この「オトメカタマイマイ」固有種。まあるく渦を巻いた殻の模様がかわいらしいですね。

テンスジオカモノアラガイ

「テンスジオカモノアラガイ」も、オガサワラオカモノアラガイと並ぶ珍しい母島の固有種です。殻がしっかり残っており、黒い点々があるのが名前の由来。昔は父島にもいましたが、乾燥が原因で絶滅してしまったんだそうです…。

オガサワラオカモノアラガイ

そして見つけましたよ!オガサワラオカモノアラガイ…!

本当に透明で、ゼリーのような体をしています!大きさとしては2~3cmくらいで、葉の間に隠れていることが多いのでとても見つけづらかったです…。

背中に見えている黒い物体は内臓、殻は完全に退化してしまっています。現在は母島でしか見られない絶滅危惧種で、入口で対策したプラナリアが天敵なんです。

この子のためのお酢スプレーだったのか…!となんだか感動してしまいました…!(もちろんほかの生き物のためでもありますよ!)

ムニンシラガゴケ

オガサワラオカモノアラガイを見つけられて大満足…と思いきや、固有種はまだまだいますよ。こちらの「ムニンシラガゴケ」は、どことなくハート形に見えますよね。

このコケはパッと見つけられる人とそうじゃない人がいますが、乙女心のバロメーターがあれば見つけられます(笑)。

オガサワラトカゲ

山頂付近で見つけた「オガサワラトカゲ」準絶滅危惧種に指定されている、小笠原諸島の固有種です。体は濃い色のまだら模様ですが、まぶたは蛇のように透明なのが特徴。

先ほど見かけたグリーンアノールなどの外来種の影響で、生息地は減少しているそうです。この子も貴重…!

乳房山の登頂記念

ここまで様々な動植物に出会ってきましたね…!11時から登山を始めて、気が付けば15時近く…!固有種や外来種、そして母島の歴史についても楽しく学び、気づけば山頂に到着です!

頂上からの景色

こんな絶景が見られて、登頂の達成感もひとしおです…!

実はここで紹介した以外にもたくさんの動植物を見せていただいたのですが、多すぎて載せきれませんでした…。気になる方は、ぜひ自然ガイドさんとともに乳房山を訪れてみてください!

今回、川畑さんに色々な方面から解説していただき、この4時間で私の価値観や自然に対する考え方・見方も劇的に変わったように思います。そんな素敵なガイドをしてくださった川畑さんに、自然への想いやそれに関する活動などを質問してみました。

この後は、乳房山山頂でのインタビューの様子をお届けします!

自然ガイド・川畑豪也さんの想いとその活動をインタビュー

▼これまでの経歴
川畑 豪也さん

川畑 豪也さん

兵庫県出身。生き物が好きで、動物関係の専門学校を卒業後、ウミガメの研究員として母島へ初来島。
海のガイドとして働いた後に山のガイドへ転身。「マミーシャーク」を設立し自然ガイドとして自然の良さを伝えるだけでなく、ウミガメの保護・保全活動など幅広く活動を行っている。

小笠原エコツーリズム協議会 / マミー・シャークFacebook

元ウミガメ研究員!山のガイドも始めたきっかけ

インタビュー風景①

ゆかりごはん:川畑さんは兵庫県のご出身なんですよね?どんな経緯で母島に来ることになったのでしょうか。

川畑さん:小さい頃から生き物がすごく好きで、神戸にある動物関係の専門学校に行っていました。実習で和歌山県の水族館に行った時、そこの館長に「もしよかったら、母島に系列のダイビングショップとウミガメの研究施設があるから、そこでウミガメの研究員としてやってみないか」って誘われて母島に来ました。

ゆかりごはん:ウミガメが完全に入口だったんですね。カメの研究員は何年ぐらいされたんですか?

川畑さん:3年ぐらいですね。肩書上は研究員ですけど、ほぼ雑用係でした(笑)。そこのショップも山のガイドや島内観光、ドルフィンスイムやホエールウォッチングもやってて、そういったガイドは当時からやってましたね。

インタビュー風景②

ゆかりごはん:そのときは海のプロって感じだったんですね。

川畑さん:もう海ばっかりです(笑)。山のことは全然知らなかったですね。当時は何も分からないまま、図鑑を見ながらお客さんと一緒に歩いていました。やっていくうちに徐々に覚えてきて、ガイドがない日は動植物の保全保護事業も手伝わせてもらって、その中で覚えたことをお客さんに伝えていました。

ゆかりごはん:山のガイドに転身したのはどうしてですか?

川畑さん:僕が来た時から山のガイドって5人もいなかったんです。ひとりで大体5人くらいのお客さんを連れて、繁忙期にはキャンセル待ちや「ガイドが予約できず行けなかった」というお客さんがたくさんいました。ダイビングショップで働いていた経験もあり、自然も好きなので、一人でも多くのお客さんを山に連れて行ったり、自然について教えていきたいと思って僕も自然ガイドを始めました。

トレッキング中の様子
▲乳房山の登山道中

ゆかりごはん:海と山それぞれのガイドを経験して、何か気持ちの変化はありましたか?

川畑さん:変化というより、やっぱり山を海もすごく繋がってるなって感じますね。僕は釣りも好きで、川エビを餌にして釣るんです。山頂付近に水溜まりがあると、そこにも川エビが生息して卵を産んだり…それを見ると山も海も繋がってるなって、両方やってて実感してますね。生き物だけはなく、山にゴミを捨てたらそれも海に行っちゃいますし。

ゆかりごはん:乳房山はゴミとか何も落ちていなくて、本当に“生き物の楽園”って感じがしました。自分の知らない生き物がすごく近くにいるっていう感覚も初めてで。

オガサワラハシナガウグイス
▲踊るように飛び回る固有亜種「オガサワラハシナガウグイス」

川畑さん:そうですよね。ここは本当に生き物の距離が近いんですよ。本土だと鳥一匹撮るのにバズーカみたいなカメラを1日じ~っと構えて、ようやく1枚撮れるか撮れないかなので。乳房山の場合は、ハイキングの5時間の中でも、内地よりは比較的撮りやすいですね

ゆかりごはん:川畑さんのHPで、母島の魅力として小笠原の四季も挙げられていましたよね。本土の人間としては、年中暖かいイメージのある小笠原に四季…?という感じだったんですが…。

川畑さん:四季ってなると、内地と違って小笠原の場合は独特で。気温的に半袖で過ごせるぐらいなんですけど、春夏秋冬それぞれちがう花が見られるんですよね小笠原の場合、花の時期が長いんです。例えば桜は本土だと1か月たらずで散っちゃいますけど、母島だと2か月くらい持つんですよね。

ゆかりごはん:季節によって花が違うというのは意外でした…!

「すべての人を笑顔に」の理由とやりがい

インタビュー風景③

ゆかりごはん:HPにガイドで心がけていることとして「すべての人を笑顔に」とありますが、この考えは何が元になっているのでしょうか?

川畑さん:初めて母島に来た時の会社が小笠原から撤退して、その時に一度地元に戻ったんです。建設とかイベント関係の仕事をしてたんですけど、満員電車や会社の人たちとの人間関係があまりおもしろくなくて、自然もないしもういいかなって思って辞めて、母島に遊びに来たんです。その時に母島ってすごくいいなと思って。

川畑さん:僕みたいに途中で何かあって会社を辞めたり、定年まで働いて小笠原に遊びに来たっていう人に対して、ひとつ思い出になったらいいかなと思って。1番は、やっぱリフレッシュしていただきたいんですよね

インタビュー風景④

川畑さん:本土での嫌なこと思い出すんじゃなくて、ここで新しい・楽しいことを覚えて帰ってもらって、その後また嫌なことがあったら、「あの時の小笠原おもしろかったな」って糧として思い出していただけたらと

ゆかりごはん:本土での経験がガイドの軸に繋がっているんですね。そうした中でやりがいを感じることはなんですか?

川畑さん:小笠原を楽しい思い出として内地に持ち帰った方が、お友達や会社の同僚に広めて、その人たちが遊びに来てくれてる時は、やりがいを感じますね。

ゆかりごはん:今までもそういったお客さんは多かったんですか?

川畑さん:多かったですね。年配の方から若い方も、家族連れの人とかも来ていただいて…特に多かったのは子ども連れの方ですかね。夏に子どもたちの自由研究で来てくれることもあります。

ガイドで難しく感じた、お客さんの“自然への想い”の応え方

インタビュー風景⑤

ゆかりごはん:逆に難しく感じたことはありますか?

川畑さん:ツアー終了後やその翌日、たまにあるんですけど、直接電話がきて「ここに外来種がいるけどどうしたらいいですか?」って。それこそアフリカマイマイなんかは、「見つけたら踏みつけて殺していいですか?」って聞かれることがありますね。

ゆかりごはん:え、そんな人がいるんですか!?

川畑さん:僕の伝え方もまずかったかなとは思うんですけど。あとはたまに波打ち際で産み落とされたウミガメの卵を見て「卵を他の場所に移植してあげたい」っていう連絡も来るんですけど、野生動植物って気軽に手を出していいものじゃないんですよねどうしてもお客さん全員の自然環境に対しての想いに応えることができないのは、ちょっと難しいかなと思います。

インタビュー風景⑥

ゆかりごはん:そういうお客さんも悪気があって言ってるわけじゃないですもんね。

川畑さん:小笠原の自然環境を守りたいとか、こういう生き物を守りたいっていう気持ちで言ってくださるんですけど、それをすぐ行ってパッと対応できるかって言われるとできないので。「う~ん…どこまで伝えればいいんだろうな」って。

ゆかりごはん:「じゃあ私たちも」って一緒に参加してくれること自体は良いことですよね。

川畑さん:一緒に参加してくれるのは大丈夫。それが使命感になっちゃってるお客さんもいるので、そういうところが難しいですね。

インタビュー風景⑦

ゆかりごはん:今まで勝手にお客さんが駆除しちゃったことはあるんですか?

川畑さん:あります(笑)。駆除しても問題にはならないんですけど、外来種なら大丈夫というわけでもないので。間違えて希少動植物に触れると法律違反になりますし、悪気がなかったとしても罰金を取られたりするので気を付けていただきたいですね。

生活はカメ中心!ウミガメの保全・保護活動について

ゆかりごはん:川畑さんはウミガメの産卵サポートやカメの子の放流などの活動もされてますよね。

川畑さん:「脇浜なぎさ公園」に隣接してるアオウミガメの産卵場があるんです。大体3~4月、そこに毎年45頭のウミガメを入れて、産卵させて、その卵を産卵場で保護します。スナガニやネズミなどから守れるようトリカルネットに入れたり、温度や砂の湿り具合などを管理して、孵化率を上げるっていう活動もやってますね。

「脇浜なぎさ公園」隣接の産卵場
▲「脇浜なぎさ公園」隣接の産卵場

川畑さん:ウミガメの卵って6時間経つと天地が決まっちゃうので、あまり触っちゃいけないんです。今やってるのは、夜に産卵しに来たウミガメの卵を別の場所に移植することです。0時くらいまで作業して、翌朝5時にもう1回産卵場に行って、採りきれなかったものをまた移植するっていう感じですかね。

ゆかりごはん:もうカメ中心で生活が回ってますね。

川畑さん:完全にカメ中心です。5月半ば~7月いっぱいまでが産卵時期で、7月~9月半ばくらいまでが孵化の時期になるんですよね。その時は生まれてきた子ガメの数を数えて孵化率や奇形がないかをチェックします。あとは母島にある北港・東港・南京浜の3か所をぐるぐる回りながら放流してます。ずっと同じところでやると大型の魚が寄ってきて、放流した子を全部食べられちゃうので。

インタビュー風景⑧

川畑さん:本当は飼育施設があって、1年くらい飼育できたらいんですけどね。そうすると外敵も減って生存率も上がります。今はないので、1匹でも多く孵化するように、1匹でも多く大人になれるようにっていう想いでやってます

ゆかりごはん:川畑さんの努力が報われるといいですよね…!

川畑さん:小笠原近海に集まってくるカメの集団は右肩上がりに増えているんです。逆に海外のウミガメは減っていて、全体で見たら減少しているので、本当はここだけじゃなく、他のところも増えていってくれたらなとは思いますね。

ガイドとしての幅広い活動

インタビュー風景⑨

ゆかりごはん:カメの保全・保護活動以外に、活動されていることもあるんですか?

川畑さん:カメの普及啓発の一貫で、母島小学校の3年生と保育園に授業をしに行っています

ウミガメが産卵している様子
▲ウミガメが産卵している様子(出典:マミーシャーク公式Facebook)

ゆかりごはん:授業ではどんな風に教えているんですか?

川畑さん:丸一日カメの日になって、最初は座学で、ウミガメってこういう生き物で、「なんで小笠原に来てるのか」から始まります。午後は産卵場にいて、卵を実際に拾ってもらいます。それを学校の飼育ボックスで育ててもらって孵化させるっていう感じですね。大体2週間くらいで孵化する卵を選ぶんですけど、孵化したらその日の夜に保護者や島民を集めて、放流会として学習発表してもらって、砂浜でカメを放流します。

ゆかりごはん:学校でウミガメを飼育するなんてすごい…!川畑さんの活動って広いですよね、ガイドだけじゃなくウミガメのサポートや授業もやって。

インタビュー風景⑩

川畑さん:あとは小笠原について、研究が進むにつれて昔学んだことと違うことも出てくるんですよね。その時に知ってる人がガイドを集めて、「今までこうだったけど、こういう研究データが出たから、これからはこういう風にガイドしようね」という勉強会もあります。

ゆかりごはん:ガイドの仕方も時間が経つにつれてどんどん変化していくんですね。常に勉強していくっていう感じで、大変そうです…。

川畑さん:大変です(笑)。

目標はボランティアツアー復活!

インタビュー風景⑪

ゆかりごはん:充実している中で、ガイドとして次はどういうステップを目指してますか?

川畑さん:以前「ボランティアツアー」をやってたんですけど、それを復活できたらなって思っています。昔はボランティアを募って外来種の植物を抜いたり、在来種を移植したり、海だったら海岸清掃したりしたんですけど、最近はなくなっちゃって。そういうツアーを組むには旅行取扱業の資格が必要なので、今それを勉強中です。

ゆかりごはん:目標としては、いつ頃ツアーをやりたいと思ってるんですか?

川畑さん:来年資格を取って、再来年には…。環境省にそういうボランティアツアーの補助枠があるんですよね。もしそこに入れたら、再来年くらいにはやりたいと思っています。

インタビュー風景⑫

川畑さん:作業するだけじゃなくてハイキングもしたり、海岸清掃だけじゃなくてドルフィンスイムやホエールウォッチングもしたり、楽しみながら自然のことを学んでもらえたらなと。学生中心になると思いますけど、それで自分のちょっとした知見を広げてもらえたら嬉しいです。

ゆかりごはん:さっき難しいっておっしゃってた、「自然環境守りたい」って思ってくれてる方たちも来てくれそうな企画ですよね。「今なら思う存分この外来種は抜いていいよ!」って言えますもんね(笑)。

川畑さん:そういう人たちにもぜひ来ていただきたいですね(笑)!参加は小笠原高校の子や内地の高校生、大学生とか、島外の方がメインになると思います。社会人で長い休暇があるような方も、ぜひご参加いただきたいですね。

ゆかりごはん:私も乳房山の草抜きしてみたいので、ツアーが開催できることを楽しみにしてます!

自然豊かな母島へリフレッシュしに行こう!

“東洋のガラパゴス”の本拠地では、都内では見られない動植物と出会い、川畑さんのガイドでたくさん勉強させていただきました。濃密な時間の中で1番変わったのは、日常の見え方だと感じます。

思えば私日常の中で、身近にあるはずの自然にあまり関心を持っていませんでした。しかし知っていることが増えたり、見方を少し変えるだけで、世界の解像度はこんなに上がるのか!と今回の取材を通して痛感したんです。

今見えている世界も、まだまだ知らないことばかり!そんな気持ちを忘れずに、毎日を過ごしていきたいと思うようになりました。もちろん忘れかけたらまた小笠原に思い出しに行きます(笑)。

母島でお世話になったみなさん、自然ガイドの川畑さん、本当にありがとうございました!

 

母島は山だけでなく、海の恵みも見どころ!こちらの記事では、母島の海で生まれた銘酒「海底熟成ラム Mother」についてお届けしていますよ~!

お隣にある父島の「訪日外国人向けロングステイ推進プロジェクト」についても取材しました!戦跡巡りの様子とともにぜひご覧ください!

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〈執筆・編集:ゆかりごはん/撮影:ゆうこば〉

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